連載インタビュー=岡室健(グラフィックデザイナー)
東京藝術大学と大学院を卒業していますが、何を学ぶことができましたか?デザインについて何も教わることはなく、大雑把な課題に主体性を持って取り組み、各々のやり方で表現する場所でした。何が良くて何が悪いか誰も教えてくれない、何が実りつつあるか自分でも分からない悶々とした時間を過ごしました。学生生活の半ばで、教員としてやってきた松下計さんと出会いました。現役のグラフィックデザイナーと接したことでデザインに興味を持ち、授業に取り入れて欲しいとお願いしたのですが、こう諭されたことを憶えています。「尖ったデザイナーは、独自の表現を探求できる場所で生まれるのです。この強みは社会に出て初めて実感できること。職業的なことはいつでも学べますから。」これが、大学で学んだことを全て言い表しています。
大学院に在籍しながらドラフトでアルバイトを始めました。現実の仕事を通して、自分の表現には凝り固まったところがあったことに気がつきました。「デザインはこうでなくちゃいけない」というこだわりを捨てると、作品の性質も目に見えて変化しました。デザイナーとしてやっていく覚悟を決めたのもこの頃でした。
博報堂という大きな会社を就職先に選んだのはなぜですか?ドラフトでは手を動かす細かい仕事が楽しくて、このまま就職できればと思ったこともありました。博報堂のような会社に新卒で入るチャンスは一生に一度きりで、ドラフトで雇ってもらえる保証もありませんでしたから、採用試験は受けるべくして受けました。内定が得られてすぐにドラフトからも誘いを受け、難しい選択を迫られました。デザイナーらしくあれる小さな会社のほうが性に合っていることは十分承知していましたが、それでも博報堂という大きな会社を選んだのは、マス広告の仕事を通して世の中の仕組みを知りたいこと、大勢と関わっていく中で自分の役割を確立したいこと、そして、そんな場所で働ける機会は二度と巡ってこないかもしれないことが理由でした。
大きな会社で働くことのメリットは何ですか?デザイナーに限らず多くの人と出会えることです。広告代理店の仕事は、ビジュアルはもちろん戦略や言葉などあらゆる視点が求められ、緻密かつ大規模に行われるものです。関係する多くの人との意思疎通を怠ると、プロジェクトは知らないうちに先に進んでしまいますから、常に周囲へ働きかなければいけません。そうやって築いた関係は、この先きっと自分の仕事の助けになると思います。
休暇の制度が確立していて、給料が安定していることもメリットです。仕事以外のことをできるだけたくさん経験したいので、時間とお金にある程度自由が利くことが助かります。いろいろな経験をして様々な感動を覚えることでデザイン表現は豊かになりますし、ときには悪いものを経験することで良いものを見出せるようにもなります。特に、体力があるうちにしかできないスポーツで得られる感動は何事にも代え難く、そういう時間を作れることが嬉しいです。
大きな評価を得た作品は、なかよし幼稚園という小さなクライアントの仕事でした。これについてどう考えていますか?仕事の大小に関わらずメッセージをきちんと伝えられるものをつくろうとしています。その上で自分の思うような表現をしようとするから、自分でハードルを高くしてしまっているのでしょう。大規模な仕事でもディテールまで作り込めるようになりたいですし、それに挑戦していけると思います。しかし、あらゆる魅力的なデザインがそれぞれ優れた考えに基づいていることに気がつくと、デザインに対するスタンスが確立すれば問題にならないことのような気もします。そうすると、自分のデザインのやり方を見つけなくてはとか、哲学を決めなくてはと考えたくなりますが、決めなくてもいいのかもしれませんし、結局正しい答えなんてないのでしょうけど。
興味のあること、楽しいことは何ですか?海が大好きでサーフィンをするのですが、水に浸かってもの思いに耽る時間を大切にしています。文字を作ったり絵を描いたり細かい作業に熱中している時間も好きです。体がリラックスして頭が冴えているときも、思考が止まって無心になっているときも、とても気持ちがいいからです。
学びたいこと、身に付けたいことは何ですか?絵を上手く描けるようになりたいです。クロッキーは見たものの本質を瞬時に紙に写し取る直観力が問われる作業で、デッサンは捏ね回した末に一枚の絵に仕上げる判断力と決断力が問われる作業です。仕事に絵を取り入れようとしているのではなく、手と脳を直結させて体で憶えたことはデザインでも同じようにやれると思うのです。ものをつくる過程は隅々まで分かっていたいですし、そういう努力をしないのは怖いです。簡単に出来るものほど弱いからです。
岡室健(グラフィックデザイナー)
1978年東京生まれ。2004年東京藝術大学卒業デザイン科卒業後、同大学院入学。同年より株式会社ドラフト・D-BROSにデザイナーとして約2年間就業2006年東京藝術大学大学院デザイン科修了。株式会社博報堂入社と同時にHAKUHODO DESIGN配属。2007年TDC準グランプリ、ADC賞受賞。

