魂を失わずにグラフィックデザイナーになる本 / エイドリアン・ショーネシー Howtobeagraphicdesigner, without losingyour soul / Adrian Shaughnessy
連載インタビュー=岡室健(グラフィックデザイナー) 東京藝術大学と大学院を卒業していますが、何を学ぶことができましたか?デザインについて何も教わることはなく、大雑把な課題に主体性を持って取り組み、各々のやり方で表現する場所でした。何が良くて何が悪いか誰も教えてくれない、何が実りつつあるか自分でも分からない悶々とした時間を過ごしました。学生生活の半ばで、教員としてやってきた松下計さんと出会いました。現役のグラフィックデザイナーと接したことでデザインに興味を持ち、授業に取り入れて欲しいとお願いしたのですが、こう諭されたことを憶えています。「尖ったデザイナーは、独自の表現を探求できる場所で生まれるのです。この強みは社会に出て初めて実感できること。職業的なことはいつでも学べますから。」これが、大学で学んだことを全て言い表しています。 大学院に在籍しながらドラフトでアルバイトを始めました。現実の仕事を通して、自分の表現には凝り固まったところがあったことに気がつきました。「デザインはこうでなくちゃいけない」というこだわりを捨てると、作品の性質も目に見えて変化しました。デザイナーとしてやっていく覚悟を決めたのもこの頃でした。 博報堂という大きな会社を就職先に選んだのはなぜですか?ドラフトでは手を動かす細かい仕事が楽しくて、このまま就職できればと思ったこともありました。博報堂のような会社に新卒で入るチャンスは一生に一度きりで、ドラフトで雇ってもらえる保証もありませんでしたから、採用試験は受けるべくして受けました。内定が得られてすぐにドラフトからも誘いを受け、難しい選択を迫られました。デザイナーらしくあれる小さな会社のほうが性に合っていることは十分承知していましたが、それでも博報堂という大きな会社を選んだのは、マス広告の仕事を通して世の中の仕組みを知りたいこと、大勢と関わっていく中で自分の役割を確立したいこと、そして、そんな場所で働ける機会は二度と巡ってこないかもしれないことが理由でした。 大きな会社で働くことのメリットは何ですか?デザイナーに限らず多くの人と出会えることです。広告代理店の仕事は、ビジュアルはもちろん戦略や言葉などあらゆる視点が求められ、緻密かつ大規模に行われるものです。関係する多くの人との意思疎通を怠ると、プロジェクトは知らないうちに先に進んでしまいますから、常に周囲へ働きかなければいけません。そうやって築いた関係は、この先きっと自分の仕事の助けになると思います。 休暇の制度が確立していて、給料が安定していることもメリットです。仕事以外のことをできるだけたくさん経験したいので、時間とお金にある程度自由が利くことが助かります。いろいろな経験をして様々な感動を覚えることでデザイン表現は豊かになりますし、ときには悪いものを経験することで良いものを見出せるようにもなります。特に、体力があるうちにしかできないスポーツで得られる感動は何事にも代え難く、そういう時間を作れることが嬉しいです。 大きな評価を得た作品は、なかよし幼稚園という小さなクライアントの仕事でした。これについてどう考えていますか?仕事の大小に関わらずメッセージをきちんと伝えられるものをつくろうとしています。その上で自分の思うような表現をしようとするから、自分でハードルを高くしてしまっているのでしょう。大規模な仕事でもディテールまで作り込めるようになりたいですし、それに挑戦していけると思います。しかし、あらゆる魅力的なデザインがそれぞれ優れた考えに基づいていることに気がつくと、デザインに対するスタンスが確立すれば問題にならないことのような気もします。そうすると、自分のデザインのやり方を見つけなくてはとか、哲学を決めなくてはと考えたくなりますが、決めなくてもいいのかもしれませんし、結局正しい答えなんてないのでしょうけど。 興味のあること、楽しいことは何ですか?海が大好きでサーフィンをするのですが、水に浸かってもの思いに耽る時間を大切にしています。文字を作ったり絵を描いたり細かい作業に熱中している時間も好きです。体がリラックスして頭が冴えているときも、思考が止まって無心になっているときも、とても気持ちがいいからです。 学びたいこと、身に付けたいことは何ですか?絵を上手く描けるようになりたいです。クロッキーは見たものの本質を瞬時に紙に写し取る直観力が問われる作業で、デッサンは捏ね回した末に一枚の絵に仕上げる判断力と決断力が問われる作業です。仕事に絵を取り入れようとしているのではなく、手と脳を直結させて体で憶えたことはデザインでも同じようにやれると思うのです。ものをつくる過程は隅々まで分かっていたいですし、そういう努力をしないのは怖いです。簡単に出来るものほど弱いからです。 岡室健(グラフィックデザイナー) 1978年東京生まれ。2004年東京藝術大学卒業デザイン科卒業後、同大学院入学。同年より株式会社ドラフト・D-BROSにデザイナーとして約2年間就業2006年東京藝術大学大学院デザイン科修了。株式会社博報堂入社と同時にHAKUHODO DESIGN配属。2007年TDC準グランプリ、ADC賞受賞。
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序文=ステファン・サグマイスター デザイナーでいることが大好きだ。自由にアイデアを考え、それがかたちになっていくのを眺めるのが大好きだ。一日中、我を忘れて仕事に没頭して、プロジェクトに集中して取り組むことが大好きだ。もう20年もこの仕事に関わっているのに、いまだに作品が印刷から上がってくるのが大好きだ(それがうまく行ったらの話)。 現在、とてもたくさんの素晴しいデザイナーがいる。ジョナサン・バーンブルック、ニコラス・ブレックマンのように、デザインの社会的役割を唱えるクリエーターたち。パリのM/M、東京の野田凪、ロンドンのマーク・ファローのように、ため息のでるような表現を生みだすデザイナーたち。ジョン・マエダ、ヨアヒム・ザウターと彼らの教え子のように、デザインとテクノロジーの境界をあいまいにするデザイナーたち。スイスの若いグループBenzinや、ライアン・マクギネスとシェパード・フェアリーをはじめとする「Beautiful Losers」展に参加したアメリカのデザイナーのように、アートの世界とデザインの世界の両方で巧みに活動する新しい世代たち。 最近University of the Arts in Berlinの春夏学期で教えたのだが、生徒の頭の回転の速さをうれしく思った(少し驚いた)。彼らは私の世代より教育レベルが高く、いろいろなところを旅していて、文化について敏感だ。現在、僕が教えているニューヨークのSchool of Visual Artsの修士デザイン課程の生徒にも同じような特徴がある。その中にはハーバード大学の生物学専攻中の学生やコメディー・セントラルのシニアデザイナーも含まれている。 デザインが、どのように批評されるかについても、新たに注目されている。これを後押ししているのが、スティーブン・ヘラーの『LookingCloser』のシリーズ、評論をたくさん掲載するようになった『Emigre』マガジン、リック・ポイナーの『No More Rules』と『Obey theGiant』、そして特筆すべきは、underconsideration.comとdesignobserver.comのようなデザインブログの登場だ。私の知る限り、今までにこれほど多くの文化で、これほど大勢の人が、デザインに夢中になり批評している時代はない。 もちろん、グラフィックデザインの仕事の分野がさらに広くなれば、グラフィックデザインはさらに難しくなる。かつては数多くの別の分野の仕事だったものが、今ではグラフィックデザインの仕事になっている。生徒の中には、作曲をしたり、映像を撮影して編集したり、アニメーションをつくったり、彫刻をする者がいる。彼らはハードウェアをつくり上げ、ソフトウェアを書き、シルクスクリーンやオフセット印刷をし、写真を撮り、イラストを描く。写植や色分解のような機械的な作業の仕事が、かつては専門職だったことはどんどん忘れ去られていく。多くの学校はこの点を理解していて、グラフィック、プロダクトデザイン、ニューメディア、建築、映像といった学部に、今までのような境界を取り除くことで、多角的なデザイナーの教育を促進している。 私自身にとっても、状況は難しくなっている。年齢を重ねるごとに、昔やったことを繰り返したり、過去の栄冠にしがみついたりすることに抵抗しなくてはいけなくなった。1993年に事務所を開設する以前は、ニューヨークの当時お気に入りだったデザイン会社、M&Co.で働いていた。ティボール・カルマンが、ローマで『Colors』マガジンの仕事をするために会社を閉鎖すると決めたとき、「二番目にお気に入りの」デザイン会社で働く気にはならなかった。だから、自分の事務所を開き、もうひとつのとても興味があったこと、音楽に集中した。小さな会社と大企業の、どちらでも働いた経験があるが、前者の方が後者よりもだんぜん楽しかったので、事務所を大きく成長させないように努力した。 働き始めたばかりの人の多くが、デザインだけに関心を持ち、ビジネスとお金についての問題を面倒だと思っているように感じる。適切な事務所の組織づくりと、クライアントへのプロジェクトのプレゼンテーション(要するに、仕事を獲得する能力)は、インクの色やタイプフェイスを選ぶことと同じようにデザインプロセスの一部となる(プロセスだけでなく、最終的な制作物の質に決定的な影響を及ぼす)。 私は、M&Co.にいる間に多くのことを学んだ。たとえば、タイムシートをつけること。あまり几帳面になりすぎないなら、それは正しいことだと思う。現在、私も喜んでタイムシートをつけているが、それが、ひとつのプロジェクトの収支を知る唯一の方法だからだ。財政を自分で詳しく管理していなければ、そのうち自分が誰かに管理されることになり、デザイン事務所は、私のものではなくなるかもしれない。財政のうまくいっていないデザイン事務所を経営するくらいなら、ビーチで寝そべって読書でもしているほうがよっぽど安上がりだ。 それ以外の、事務所経営についてのあらゆることは『The Business of Graphic Design』という本から学んだ。このビジネス実用書は、なぜ会社を始めたほうがいいか、始めてはいけないかを論理的に説明していて、事業計画の立案と諸経費の見積の方法も解説している。ひとりもしくは共同経営で開業することの、両方の有利な点も説明されている。 スティングの曲、『An Englishman in New York』のモデルとして(悲しくも)思い出されるクエンティン・クリスプからも影響を受けた。彼は私の受け持っていたある授業で講義をしたが、インスピレーションを与える性格の持ち主だった。多くの鋭い話の中に、こういうものがあった。「真実を話す人はみなおもしろい」。それで、考えた。これなら簡単だ、正直であるように心がけるだけで、みんなに興味をもってもらえる。 私はこの1年間、クライアントの仕事をしなかった。その時間を利用して、今までやりたくなかった(それ以前はやりたいと思い違いをしていた)分野について考えをまとめた。実験的なタイポグラフィをつくるために、毎朝6時に起きている自分自身に驚いたりもした(締め切りに追われる心配がないのにね)。おかげで、クライアントについてたくさん考えさせられることになった。教育しなければならないクライアントよりも、すでに教育されたクライアントを持とうと決めた。ティボールは、自分より鋭いクライアントしか引き受けない、と言っていた(クライアントはデザインについて鋭い必要はないことを、覚えておこう)。仕事を再開してからは、事務所の仕事の分野を広げるために、4つの異なった分野を取り入れようとも決めた。社会問題のためのデザイン、芸術家のためのデザイン、企業のためのデザイン、音楽のためのデザインだ。 グラフィックデザイナーは、どうやって魂を失わないようにするのだろうか。私の魂はいくらか失われてしまっていて、この問題に答えるのに適当な人間なのかどうか自信がない。残っている魂は、休止すること、いったん立ち止まって考えることでなんとか保ち続けている。決まりきった毎日の生活では、些細な事に没頭しすぎていて、大きな文脈でものごとを考えるための時間も判断力もない。世界中のいろいろな都市で仕事をしてきたので、それぞれには当然違いが生まれたが、おかげで逆に考えさせられた。引越しをすることに疲れて、ニューヨークでじっとしようと決めてからは、1年間休んでみたり、ベルリンで1学期教えてみたりすることで、違いをわざとつくり出した。たった3日間、事務所を離れてひとりで知らない町に行ってみても、違いをつくり出すことはできる。 若いデザイナーが自分の生き方を見つけるのに、この本が役に立つことを願う。「デザイナーは文章を読まない」というたわごとは、真実とは思えない。優れた本は優れた読者を探し当てるものだ。