魂を失わずにグラフィックデザイナーになる本 / エイドリアン・ショーネシー Howtobeagraphicdesigner, without losingyour soul / Adrian Shaughnessy
連載インタビュー=サイトウ・マコト(現代作家) 「SCENE[0]」という絵画展を開催していますが、グラフィックから映像、プロダクト、建築に、より複雑な方へと進んだ後、なぜ絵画というシンプルなものに戻ろうとするのですか?仕事が複雑になると人間関係も複雑になります。そのなかで自分なりの表現を実現しようとすれば、言葉で相手を納得させる能力を身に付けなくてはなりません。しかし、言葉を巧みに操ることと、すばらしい表現をすることは、デザイナーの進む道として全く異なるものです。自分が望む最後の姿は自己表現を極めることですから、持っている力がそのまま表れる絵画こそ一番ふさわしい表現手段だと思いました。ビジュアル表現というものは、本来、何を視覚から感じ取るのかというとても単純なものです。つまり、ビジュアルとは言葉なしに全てを物語るものです。意味を解す間もなく襲ってきて神経を震わせ心を揺さぶる。そういう真に迫る表現を追求したいのです。 どのようなことを大切にして取り組んでいますか?自己表現を追求することはグラフィックデザイナーにとって根本的に必要なことですが、社会の中で自分はどう在りたいかを考えることも大切です。世の中のためにならないものを売る手助けするような仕事でも、お金になれば引き受けてしまうことがほとんどでしょう。悪いところをひた隠し立派なことだけを伝えるようなデザインは、これまで十分過ぎるほど作ってきました。これからは自分に正直に生きたいですし、絵画を始めたのもそのためです。 良い作品を作りながら良い業績を上げることに、自分の性格はうまく作用していますか?こういう率直な性格のままずっとやってきましたが、だいたいうまく作用していると思います。気に入らない仕事はやりませんし、気に入ればもちろんやります。気に入らなくても、納得のいく金額をもらえれば引き受けます。大金をクライアントに要求するのは根性と力がないとできません。それは、自分自身を商品として、本性を全てテーブルの上に載せた勝負ができるのかということだからです。もちろん、自分自身の価値は高く見積もって欲しい。そういう精神を持つ人間として生まれてきたのなら、それに従うしかありません。 新しい分野の仕事は、どのように切り開いていますか?やりたいことをやるために何が必要ですか?精神力です。そして、自分がやりたいことをやりたいと言うだけのことです。言った以上はやらなければならないという状況を作り出して自分を発奮させます。もし、言うのが怖いのならば、それは結果に対する責任を負う根性が足りないだけです。それから、自分を信じること。他人が成功している姿を見てその道をあきらめる人が多いですが、人にはそれぞれのやり方があるわけで、正しいやり方というものは存在しません。自分の性格に合った生き方を見つけ、選んだ道を絶対に引き下がらないことです。 「魂」とは何ですか?自分を突き動かすものです。それだけを意識して生きています。自分の魂は人が思うような立派なものではありません。慈悲もありますが、間違いなく欲深さを持っています。魂を意識するということは、自分がどういう生き物なのかを意識するということです。何をすべきで何がやりたいのかということを、自分自身に問いかけることが魂なのだと思います。 若いデザイナーに何かアドバイスはありますか?人間として生まれてきたのなら、人生の全責任は自分にあります。他人や世の中のせいにすることはできませんし、運のせいにすることもできません。運は能力であり、能力が備わっているかどうかは自分の責任です。うまくいったなら、そのことに感謝して次のチャンスを祈ってください。世の中のいい条件というのは人生の悪い条件です。悪い条件のほうがいい条件です。そこで鍛えられ、自分の魂を信じれば、そこから芽生え、それを自分の意思で育て作っていくこと。これが人間という生き物です。そう思いませんか? サイトウ・マコト(現代作家) 1952年福岡県出身。78年にデビュー。国内外で注目され、日本、アメリカ、ヨーロッパ、南米などでデザイナーとして驚異的な受賞歴を持つ。グラフィック作品は、ニューヨーク近代美術館をはじめ、世界30以上の美術館にコレクションされており、サンフランシスコ近代美術館では80点ほどを所蔵。2008年8月、金沢21世紀美術館での展覧会を絵画作品初の発表の場とし、新たに画家としての第一歩を踏み出す。
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序文=ステファン・サグマイスター デザイナーでいることが大好きだ。自由にアイデアを考え、それがかたちになっていくのを眺めるのが大好きだ。一日中、我を忘れて仕事に没頭して、プロジェクトに集中して取り組むことが大好きだ。もう20年もこの仕事に関わっているのに、いまだに作品が印刷から上がってくるのが大好きだ(それがうまく行ったらの話)。 現在、とてもたくさんの素晴しいデザイナーがいる。ジョナサン・バーンブルック、ニコラス・ブレックマンのように、デザインの社会的役割を唱えるクリエーターたち。パリのM/M、東京の野田凪、ロンドンのマーク・ファローのように、ため息のでるような表現を生みだすデザイナーたち。ジョン・マエダ、ヨアヒム・ザウターと彼らの教え子のように、デザインとテクノロジーの境界をあいまいにするデザイナーたち。スイスの若いグループBenzinや、ライアン・マクギネスとシェパード・フェアリーをはじめとする「Beautiful Losers」展に参加したアメリカのデザイナーのように、アートの世界とデザインの世界の両方で巧みに活動する新しい世代たち。 最近University of the Arts in Berlinの春夏学期で教えたのだが、生徒の頭の回転の速さをうれしく思った(少し驚いた)。彼らは私の世代より教育レベルが高く、いろいろなところを旅していて、文化について敏感だ。現在、僕が教えているニューヨークのSchool of Visual Artsの修士デザイン課程の生徒にも同じような特徴がある。その中にはハーバード大学の生物学専攻中の学生やコメディー・セントラルのシニアデザイナーも含まれている。 デザインが、どのように批評されるかについても、新たに注目されている。これを後押ししているのが、スティーブン・ヘラーの『LookingCloser』のシリーズ、評論をたくさん掲載するようになった『Emigre』マガジン、リック・ポイナーの『No More Rules』と『Obey theGiant』、そして特筆すべきは、underconsideration.comとdesignobserver.comのようなデザインブログの登場だ。私の知る限り、今までにこれほど多くの文化で、これほど大勢の人が、デザインに夢中になり批評している時代はない。 もちろん、グラフィックデザインの仕事の分野がさらに広くなれば、グラフィックデザインはさらに難しくなる。かつては数多くの別の分野の仕事だったものが、今ではグラフィックデザインの仕事になっている。生徒の中には、作曲をしたり、映像を撮影して編集したり、アニメーションをつくったり、彫刻をする者がいる。彼らはハードウェアをつくり上げ、ソフトウェアを書き、シルクスクリーンやオフセット印刷をし、写真を撮り、イラストを描く。写植や色分解のような機械的な作業の仕事が、かつては専門職だったことはどんどん忘れ去られていく。多くの学校はこの点を理解していて、グラフィック、プロダクトデザイン、ニューメディア、建築、映像といった学部に、今までのような境界を取り除くことで、多角的なデザイナーの教育を促進している。 私自身にとっても、状況は難しくなっている。年齢を重ねるごとに、昔やったことを繰り返したり、過去の栄冠にしがみついたりすることに抵抗しなくてはいけなくなった。1993年に事務所を開設する以前は、ニューヨークの当時お気に入りだったデザイン会社、M&Co.で働いていた。ティボール・カルマンが、ローマで『Colors』マガジンの仕事をするために会社を閉鎖すると決めたとき、「二番目にお気に入りの」デザイン会社で働く気にはならなかった。だから、自分の事務所を開き、もうひとつのとても興味があったこと、音楽に集中した。小さな会社と大企業の、どちらでも働いた経験があるが、前者の方が後者よりもだんぜん楽しかったので、事務所を大きく成長させないように努力した。 働き始めたばかりの人の多くが、デザインだけに関心を持ち、ビジネスとお金についての問題を面倒だと思っているように感じる。適切な事務所の組織づくりと、クライアントへのプロジェクトのプレゼンテーション(要するに、仕事を獲得する能力)は、インクの色やタイプフェイスを選ぶことと同じようにデザインプロセスの一部となる(プロセスだけでなく、最終的な制作物の質に決定的な影響を及ぼす)。 私は、M&Co.にいる間に多くのことを学んだ。たとえば、タイムシートをつけること。あまり几帳面になりすぎないなら、それは正しいことだと思う。現在、私も喜んでタイムシートをつけているが、それが、ひとつのプロジェクトの収支を知る唯一の方法だからだ。財政を自分で詳しく管理していなければ、そのうち自分が誰かに管理されることになり、デザイン事務所は、私のものではなくなるかもしれない。財政のうまくいっていないデザイン事務所を経営するくらいなら、ビーチで寝そべって読書でもしているほうがよっぽど安上がりだ。 それ以外の、事務所経営についてのあらゆることは『The Business of Graphic Design』という本から学んだ。このビジネス実用書は、なぜ会社を始めたほうがいいか、始めてはいけないかを論理的に説明していて、事業計画の立案と諸経費の見積の方法も解説している。ひとりもしくは共同経営で開業することの、両方の有利な点も説明されている。 スティングの曲、『An Englishman in New York』のモデルとして(悲しくも)思い出されるクエンティン・クリスプからも影響を受けた。彼は私の受け持っていたある授業で講義をしたが、インスピレーションを与える性格の持ち主だった。多くの鋭い話の中に、こういうものがあった。「真実を話す人はみなおもしろい」。それで、考えた。これなら簡単だ、正直であるように心がけるだけで、みんなに興味をもってもらえる。 私はこの1年間、クライアントの仕事をしなかった。その時間を利用して、今までやりたくなかった(それ以前はやりたいと思い違いをしていた)分野について考えをまとめた。実験的なタイポグラフィをつくるために、毎朝6時に起きている自分自身に驚いたりもした(締め切りに追われる心配がないのにね)。おかげで、クライアントについてたくさん考えさせられることになった。教育しなければならないクライアントよりも、すでに教育されたクライアントを持とうと決めた。ティボールは、自分より鋭いクライアントしか引き受けない、と言っていた(クライアントはデザインについて鋭い必要はないことを、覚えておこう)。仕事を再開してからは、事務所の仕事の分野を広げるために、4つの異なった分野を取り入れようとも決めた。社会問題のためのデザイン、芸術家のためのデザイン、企業のためのデザイン、音楽のためのデザインだ。 グラフィックデザイナーは、どうやって魂を失わないようにするのだろうか。私の魂はいくらか失われてしまっていて、この問題に答えるのに適当な人間なのかどうか自信がない。残っている魂は、休止すること、いったん立ち止まって考えることでなんとか保ち続けている。決まりきった毎日の生活では、些細な事に没頭しすぎていて、大きな文脈でものごとを考えるための時間も判断力もない。世界中のいろいろな都市で仕事をしてきたので、それぞれには当然違いが生まれたが、おかげで逆に考えさせられた。引越しをすることに疲れて、ニューヨークでじっとしようと決めてからは、1年間休んでみたり、ベルリンで1学期教えてみたりすることで、違いをわざとつくり出した。たった3日間、事務所を離れてひとりで知らない町に行ってみても、違いをつくり出すことはできる。 若いデザイナーが自分の生き方を見つけるのに、この本が役に立つことを願う。「デザイナーは文章を読まない」というたわごとは、真実とは思えない。優れた本は優れた読者を探し当てるものだ。